2003年9月15日8ヶ月ぶりの台湾へ

SARSのせいで、延び延びになっていた台湾旅行がやっと実現した。今回はその喜びをかみしめての出発だが、出発前からいろいろ問題多発で危うし。

1、航空券の有効期限
いつもなら、1月の次は5月末か6月に台湾へ行くのだが、今年はSARSのせいで一旦入れた予約も取り消し。はじめの頃はすぐに収まるだろうとのんびりしたが、いつまでたってもだめ。台湾の患者数が増える一方だった。そうこうしているうちに、手元にある大阪発台北行きの復路の航空券の有効期限(7月半ば)が近づいてきた。期限内に無理して行くか、期限切れで紙くずとなるかの瀬戸際だった。7月はじめキャセイに電話して、期限切れ間近であることとSARSがまだ収まらないことを伝えると、「今後、状況がいつ、どう変わるかわからないので、今の時点で今年の12月31日に仮予約を入れておきましょう。それから今年の年末まで利用可能と但し書きを入れておきます。台湾行きが決まったら、予約を変更してくれればいい。」というありがたい救済処置をとってもらえた。キャセイにはとても感謝しています。こうして最大の難関を切り抜けたあと、幸い台湾にもSARS安全宣言が出されて、やっと旅行にいけるようになった。
2、遠傳の易付卡の有効期限
これも1月に補充してから6ヶ月以上たってる。台湾好きの方たちとのオフ会で、6ヶ月すぎても使えたという証言があったが、私の場合、3ヶ月以上も期限をオーバーしている。果たして使えるのか大いに不安だ。
3、ノキアのバッテリ充電できず
嬉しい出発数日前、携帯を充電しようとアダプターをさせども反応なし。1月に使ってから電源を切って仕舞い込んでいた。長い間バッテリは空っぽの状態だった。今まで、出発前に問題なく充電できていたのに、今回に限ってどうして。。。仕方なく一日中コンセントにつないで見たが全然だめ。バッテリーを認識さえしない。本当にバッテリー逝ってしまったのか?これじゃあ、易付卡の有効期限どころの話じゃなくなっている。3210という古い機種なのでバッテリーを買い換えるより、新しい機種を買った方が安くつくと思う。

関空では、ちょうど前日終了した世界柔道大会に参加した選手をたくさん見かけた。みなさんさすががっちりした体格だ。久しぶりのキャセイは出発時間帯の便利の良さに加えて、機内音楽のチャンネルの多さもお気に入りだ。SARSの時も、日本–台北–香港便を飛ばし続けて、さすがと思っていた。ところが、機内食をみて唖然とした。トレイそのものが小さくなった上に、おかずが一品減り、デザートがケーキからフルーツになっていた。これが経費削減の現実かと、がっかりだ。この上に音楽チャンネルまで減っていたら、もう乗らないぞと思ったが、こちらのほうはまだ安心のようだ。行きは李克勤のビデオを見た。デビューしたばかりの若々しい映像から、アランタムとの共演風景まで楽しんだ。

機内食 mtv1

台湾に到着後すぐ入国ロビーにある遠傳のレンタルコーナーに行った。そして私の易付卡を見せながら「1月に補充したっきりなんだけど、使えるかしら」というと、テスト機にSIMカードを挿して使えるかどうか見てくれた。結果は「使えません。期限切れです。」しかし、ここでひるんでいる場合ではない。新たに携帯を買ってプリペイドの契約をしないと、これからの5日間、友達との連絡をとるのに必要なのだから。遠傳、和信、台湾大哥大のサービスショップがどこにあるのか資料代わりにパンフをもらって台北へ向かった。

台北市での宿泊は國賓飯店の近くの新仕商務旅館だ。そのため初めて大有巴士の西線に乗った。空港から南崁まで一般道を走って、そのあと高速道路に入って台北市へ向かう。台北市内西部のホテルを巡回するのと、市内に入ってから渋滞に巻き込まれたため、約1時間半バスに乗ってやっと國賓飯店に到着した。

中山北路を渡って新仕飯店の入り口を探すと、民生西路沿いに新仕の喫茶部という看板があったので入ると、どう見ても喫茶店でホテルのフロントはなさそうだった。きょろきょろしていると、お店の人が奥の方を指さしてカウンターを教えてくれた。よく見ると奥にフロントへという表示がでていた。フロントの女性が暖かく迎えてくれました。私はメールで予約を入れたのだが、国際電話で「部屋の予約が取れました」と連絡をくれたその女性だった。「お客さんを安心させたかったから」とにこやかに話してくれた彼女に感謝。

携帯の購入とプリペイド契約をするにあたって、これを機を遠傳から和信や台湾大哥大などほかの通信業者に変えようか、または携帯電話は台北駅前や八徳路あたりの店で買ってプリペイド契約をしようか、などあれこれ迷った。しかし携帯の購入や契約に時間を取られるのはもったいないし、すでに留守電や携帯の設定の経験が有る遠傳のほうが楽と思ったので、そのまま同じ遠傳を使うことにした。ホテルから一番近そうな忠孝復興站近くの遠傳のサービスショップに行った。行ってびっくり店内改装のため16日から一時休業しますというポスターが貼ってあった。一日違いで助かった。契約書に名前、パスポート番号、住所(飯店の住所で可)を記入してすぐ使えるようにしてくれた。携帯は電話帳とSMSに中文が入力表示ができれば十分なので、一番安いモトローラT191を購入。直接遠傳で契約したので、以前のように使用開始時にカスタマーサービスに電話をかけてユーザー登録をしなくても、すぐに使い始めることができる。

携帯を買ってから台北站に向かおうと捷運の忠孝復興站に降りると、やけに人で混雑している。ちょうど下校時間に当たっているので学生で一杯だった。列車が入ってきても、その列車はすでに満員状態で、乗り切れずに次の列車を待つ人がホームに残っていた。いくら下校時間でもこれはちょっとひどくない?台湾まで来てラッシュに巻き込まれるなんて。。。と思っていたら、どうやら先の駅で列車事故か信号の故障で、ダイヤが乱れているらしい。うわー、えらいことに巻き込まれてしまった。台北駅までのたった3つの駅がとても遠く感じられた。ホームに入る前にわかっていれば、歩いて戻っても良かったのに。(ˆˆ;

台北站まで戻ってひさしぶりにいつもの店に排骨飯を食べに行った。店に近づくにつれて、自然と心はウキウキする。店に一歩入ると、あらっ、いつも入り口にいる老板の姿が見えない。どうしたんだろう。。。排骨飯を食べながら店の中を見渡すと、やはり老板の姿はなく店員さんだけ。ひとり店員さんとは感じの違う女の人がいて、店と奥を行ったり来たりしてあれこれ指示している。年格好からこの人もしかして老板の娘さん?まさか老板は病気?まさか代替わりしたんじゃないか?など心配になって、どうも落ち着かなかった。いつもと同じく美味しい排骨飯なのに、何か物足りない気分がする。お勘定をしに行くと店員さんがお釣りをちょっと多めにくれた。ええっー、まさか店員さんまでわたしのことを覚えてくれてるのか?いつも老板がおまけしてくれていたので意外だった。ここで意を決して「老板はいないの?」と聞くと「今日はもう帰った」とのことで、ほっとした。でもいいんかい?老板いないのに勝手に値引きしても。。。

この後、駅前でCDを買ったり、本を見たりして過ごした後、永和まで豆漿を食べに行くことにした。頂渓站で降りて世界豆漿大王まで行ったとき、ちょっといつもと気分を変えようかと、隣の永和豆漿に入って、葱花餅と冰豆漿を食べた。隣の世界豆漿が大にぎわいなのに比べて、こちらはお客の数も少なく静か。味もふつうで格別美味しいという感じではなかった。親子連れのテーブルではやんちゃ盛りの男の子が、別のテーブルの上に置いてあるストローを取り出して遊んでいる。その中の数本が床に落ちたのを、男の子は親に見つからないように拾って、テーブルの上にのせました。ようやく子供のいたずらに気づいた父親が、テーブルの上に散乱したストローを拾い集めてストロー立てに戻した。=WOW= 床に落ちたストローも一緒に。。。見てはいけないものを見たわたしはどうすればいいんだ?これからストロー使う前にはしっかり汚れを拭き取らないといけないな。素直に世界豆漿へ行けばこんな現場を見なくてすんだのに。(汗)

CD1

15日の小遣い帳
中正–台北バス100元
新仕商務旅館1480元
遠傳3790元
排骨飯85元
時刻表25元
自強号845元
交通費45元
飲み物33元
永和豆漿50元
CD1810元

2003年9月16日自強号で高雄へ

二日目はホテルで朝食後台北駅に向かい、8:40の自強号1009次で高雄へ出発した。途中でのどが渇いたので、ビュッフェカーへ飲み物を買いに行ったら、ぴかぴか磨き上げられてきれいだけど、飲み物も食べ物も商品は何も売っていなかった。売り子さんが車内を回ってきたときに弁当は売り切れと言っていた。楽しみにしていた駅弁も食べられず、のども渇くし、4時間の列車の旅は長く感じた。高雄へ12:50到着。そのまま駅前の建国路すぐにある建國大飯店にチェックインした。すぐ近くの遠東百貨店があったビルは、NOVAのような電脳ショップになっていた。

おなかがすいているので、先に昼ご飯を食べてから屏東に行こうと思い、八徳豆漿へ行ってみたが、昼間は営業していなくてきれいに片づけられていた。仕方ないので駅弁を買って屏東に行こうと駅に向かうと、國光公車のバス停北側に高雄站の旧駅舎がちらっと見えた。この日本統治時代の駅舎を移動する様子は日本のニュースでも取り上げていた。そういえば今は博物館になっていると聞いていた。屏東に行く前に見ておこうと旧駅舎のほうに行くと、周辺は整備されて北側にはオープンカフェも営業するようだ。旧駅舎の壁も保存されていた。駅周辺で現在行われている工事現場も含めて「高雄驛博物群(Vision of Kaohsiung)」と名付けられている。保存された壁の前に博物館の意義を説明したプレートは、英語、中国語、日本語の三カ国語で書かれていた。「歴史建物を保存することを提案したと同時に、新しい都市議題の新視野を提出した」、「地下鉄工事経過を実際の参観行動によって市民に高雄の都市発展を体験してもらう」など、ただ古い駅の保存だけが目的ではなく、新しい理念が書かれていた。博物館の開館は午後2時からで、それまでまだ時間があるので、先に屏東に行くことにした。

駅弁を買って平快に乗り込んだ。冷房なし、天井で扇風機がかたかた回る、かなりおんぼろ列車だった。以前彰化~大甲間で乗った平快と同じくらい古い列車のようだ。列車が走り出すと全開にしてある窓から風が吹き込んで気持ちがいい。のんびり弁当を食べて30分、屏東に到着した。屏東はそんなに大きな町ではないので、歩いて慈鳳宮、阿猴城、都城隍を見て回った。中山公園は散歩する人、カラオケ(日本語演歌)する人、木陰で座っている人など、お年寄りで一杯だった。

駅弁 平快

高雄に夕方戻ってきた。現在の高雄站から陸橋(願景橋)で旧駅舎まで行くことができる。その陸橋には、人が歩く足下に、旧駅舎の移動の記録が日付ごとに刻まれていた。また足下が一部ガラス張りになっていて、現在行われている工事の様子を真上から見ることができる。この部分は捷運施工体験博物館と名付けられていた。旧駅舎(願景館)に入ると高雄市と高雄站の歴史がパネルで展示してある。中央部の床はこれもガラス張りになっていて、柱の土台部分がかすかに見える。じっくり見ようとかがんで床下を見つめていると、床下の照明がついて土台がはっきり見えるようになった。床下の照明は決まった時刻になったら付けてくれるのか?それとも、興味深げにかがんで見ている私のためにつけてくれたと勝手に思いたい。男性の係員さんが、興味あるの?と近づいて来たので、日本から来ましたと台湾語で返したら、とても喜んでくれて、他の女性の係員さんを呼んで来てくれた。知っている単語一杯並べて台湾好きで、高雄も来たことがあります、日本のニュースで駅の移動の様子を見ました、など話すと、とても喜んでもらえた。資料をいろいろ頂いたり、館内の来館者記帳ノートに写真付きで載せるから、館内の好きな場所を選んでと言われたので、疑似体験エリアのモーターバイクの所で写真を撮ってもらった。一言記帳して来たが、変な日本人の足跡を残してしまった。10年ほど前、台北で捷運工事があったときは、いつ台北に行ってもどこかを掘り起こしていて、いつまでたっても工事が終わらず市内各地で交通渋滞がひどかった思い出がある。台北とは大違いの今回の高雄の取り組み方に、国民党と民進党の違いを感じてみたり、台北市の体験が反面教師になったのだろうと思ってみたり。高雄のあまりにスマートなやり方に、旅行者の私は関心しているけれど、市民は台北と同じように不便を感じているかもと思った。

パンフ

願景館を後にして、晩ご飯はやっぱり八徳豆漿へ向かった。葱餅や水煎包などたくさんの餅があるので全種類制覇するのはまだまだ先のことだろう。

夜は高雄の友達に頼まれていた買い物を渡して、六合夜市へ。いろんな店にきょろきょろ、わくわく。ジュースを飲んだり果物を食べたり楽しいなぁ。飯店に戻っていつものようにネットにつなごうとすると、エラーがでてつながらない。到着後接続したときは問題なかったのに。設定を見直しても先ほどと変更したところもなく、どうして?しかし何度やってもネットにつながらず。ネットにつながらない部屋に一泊950元は高いなあと思い始めた。明日の朝もこのままうまくいかないなら、宿を変えようかと思う。

16日の小遣い帳
駅弁60元
建國大飯店950元
交通費62元
八徳豆漿65元
飲み物51元

2003年9月17日台南

翌朝は昨晩と同じようにネットにつながらず、大事なメールが来ていないか気になった。今日は昼に台南へ向かう予定だ。それまで時間がたっぷりあるので、三民街市場へ行った。ホテルから西へ15分くらい、三鳳宮のすぐ西にある市場だ。通りの両側に店が並び、買い物する人の間をバイクがすり抜けていく。注意しないと危ない。お目当てのモアチーの店は休みでがっかりだ。その後、駅周辺のホテルをいくつか見て回った。その中で午前中からチェックインできる百星大飯店に移ることにした。

百星大飯店へ行って、まず部屋を見せてもらった。部屋では電話がモジュラージャックであることを確認した。ネットにつなげられるかどうかわからないが、だめでも一泊500元ならまあいいかという気分だ。その他の設備は500元なら許せる範囲の部屋だったのでOKした。しかしせっかく宿を移ったのに、ここでもネットにつなぐことはできなかった。

台南へは13時半到着。台南の友達が彼女連れで駅まで迎えに来てくれた。二人が台南を案内してくれるからとついて行くと、そこは駅前のバイク置き場。やっぱり。。。彼女のバイクの後ろに乗ってと指示されて、実は内心かなり焦ってしまった。若い二人なので自動車は持っていないし、タクシー代はもったいないし、正直なところバイクは予想された展開だった。わたしも日本でバイクのタンデムの経験がない訳ではない。が、しかし、ここは台湾。バスや自動車がバイクの脇を遠慮なくかっ飛ばしていくのを想像するだけで、ちょっと引いてしまう。わたしが台湾で一番注意しているのは「交通事故にあいたくない」だ。よりによってそんなわたしがバイクに乗るなんて。そんなわたしの様子に二人とも「大丈夫、大丈夫」と声をかけてくれる。そりゃあ、わたしもよくわかってますよ。二人が安全運転で、スピードも落として走ってくれているのは、だって他のバイクに追い越されてましたから。落とさないようにショルダーバッグとデジカメを斜めがけにして、無事を祈った。座席の後ろにある取っ手を右手でつかんで、左手はどこを持てばいいのよ~。まさか彼女にしがみつくわけにいかないし。仕方なく左手は自分の左膝のあたりにのせた。しかし緊張して、左手はしっかり握りしめていた。右手一本が自分を支える命綱か。。。

勝利路あたりでお昼を食べて、台南大学にトイレ借りに行って、そのあと赤嵌樓と天后宮へ行った。それから教会を外から見て、安平へ。わたしもバイクになれたのか、いつの間にか握りしめていた左手がリラックスしている。二人の運転も普段に戻ったようでそれなりにスピードが出ているように感じたが、風をうけて気持ちいいなあとまで思うようになった。意外と順応性はあったようだ。(笑)安平豆花で豆花を食べた後、安平古堡を見学した。赤嵌樓と安平古堡では「城市旅遊安全保険卡」というクレジットカード大のカードに、写真と名前、連絡先などを印刷してくれるサービスを無料でしていた。カード裏側には市役所や病院の連絡先が書かれていた。せっかくなので記念に作ってもらったが、バイクに緊張したためか心なしかやつれた顔写真になってしまった。友達はこの後バイトがあるので、駅まで送ってもらって別れた。

カード

高雄へ戻ったらすっかり日も暮れて暗くなった。高雄願景館にもう一度行ってみると、ライトアップされてとてもいい雰囲気だ。台南で周氏蝦捲に行かなかったので、高雄の五福路の店に行くことにした。その帰り六合夜市に行ってジュースや果物を食べて飯店に戻った。

翌日の予定は未定の状態だった。最初は美濃に行くのもいいなと思ったが、二日間もネットにつながらないと、初日の新仕飯店の快適なADSLが懐かしい。それに帰国する前にもう一度排骨飯食べに行きたいし、老板の顔も見たいしというわけで、四日目は台北に戻ることにした。新仕飯店に電話して部屋の予約完了。次に台鉄の時刻表で列車選びに入った。高雄へ来たときは山線の自強号で来たので、今度は海線で戻ろうと時刻表を見ると、ちょうど7時22分発の自強号が見つかった。これならお昼に台北へ到着で都合がいい。これに乗ることに決めた。ただ今晩は夜も遅いので切符を買いに行くのはやめて、翌朝買うことにした。

17日の小遣い帳
建國大飯店電話代18元
百星大飯店500元
交通費214元
飲み物41元
周氏蝦捲75元
蓮霧50元

2003年9月18日台北へ

朝6時半チェックアウトして、八徳豆漿で朝食を買ってから駅に向かった。駅で7時22分発の自強号の切符を買って改札を待った。朝早い列車だが満席だった。席は残念ながら山側。大甲をすぎてしばらくすると反対側の窓の向こうに、海が見えた。急いで列車の乗降口まで行き写真を撮ろうとしたが、タイミングが合わず残念だ。

台北へは定刻通り到着。新仕飯店に着くと、喫茶店では従業員さんが昼食を取っていた。久しぶりにネットにつないでメールチェックしてほっとした。捷運の雙連站から台北站まで伸びる地下街を歩いてみた。暑い日差しを避けることができるし、冷房が効いている上にトイレも何カ所かあり、この地下街は便利だ。ただ肝心の店はあまりにぎわっていない。台北站まで着いて排骨飯の店に行ったのが、店はお昼のかき入れ時が一段落して、店員さんたちはお昼ご飯の真っ最中。老板の姿はまたもやなく、また悪いタイミングで来ちゃったなあと思ったので、不本意にもマクドナルドで昼食を取った。一休みした後、黒松世界を見るために微風広場へ行った。初めての微風広場は広すぎて黒松世界への入り口がよくわからず、電気店の中を通り抜けたり、屋外の喫茶店を突っ切ったり、あちこちうろうろ。やっと見つけた入り口はさっき気づかずに通り過ぎたところだった。(汗)黒松沙士の歴史、瓶の変遷、古い町並みの再現など黒松ファンなら一度は行きたいところだ。このあと定番の誠品書局に行こうと、忠孝路地下街を一駅分歩いてみた。台湾ではまだ地下街は新しい試みのようで、ショッピングのためというよりは通路代わりに使われている印象を受けた。台北站付近の忠孝西路地下街も未だに入店せずシャッターがおりたままの区画が多い。

夜は友人と松山站近くの饒河夜市に行った後、ライブハウス「主婦之店」とカラオケに行って台湾最後の夜を過ごした。そのため新仕飯店のスタッフには、夜中回って戻って迷惑をかけてしまって、ごめんなさい。

18日の小遣い帳
自強号845元
新仕商務旅館1580元
マクドナルド99元
交通費185元
夜市買い食い60元
主婦之店990元

2003年9月19日帰国

最終日はとにかく、お昼は絶対排骨飯という以外予定がないので、ゆっくり起きてのんびりすることにした。台北站付近のCD店をいくつか見てCDを三枚購入。そのあと排骨飯を食べに行った。お弁当の配達準備のピークが済んで、いまは来店の人で忙しそうだ。老板がてきぱき指示している様子とお店の繁盛ぶりを眺めながら食べる排骨飯は最高に美味しい。「ありがとう」と言いながらお勘定を出すと、老板が「えっ」と言う感じで顔をあげたが、私だと気づいてくれると、笑顔で「不要了」と言いながらいつものようにおまけしてくれた。わーい、私もとても嬉しのよー、いつも美味しい排骨飯ありがとう。(ˆˆ)

CD2

13時頃、新仕ホテルの近くまで戻ると、少し先の中山北路と民生西路の交差点を空港行きの大有巴士が通り過ぎていった。國賓大飯店発のダイヤははっきりしていなくて、20分に1本という書き方だった。20分ほど待つことは覚悟していたが、真夏の台湾、昼下がりの20分は結構きつい。荷物を受け取って國賓のバス停に行くと、韓国人と日本人の3人がバスを待っていた。みんな視線は南を向いて空港行きのバスがくるのを待ちかまえていた。バスがちらっと見えたので空港行きが来たのかと喜んで、身を乗り出してみると路線バスでがっかりしたり、観光バスがホテルの前に止まると空港行きと勘違いして韓国人がバスに乗り込もうとしたり、炎天下の20分は意外と長い。わたしはバスを待つ間にトイレに行きたくなって、バスが来ないかひやひやしながらも、國賓飯店の1Fのトイレを借りに入った。ドアマンの方が親切で、入り口脇に荷物を置いて行っていいよと言ってくれた。待つこと20分ほどで大有巴士がきたので助かった。空港行きは高速道路を一路空港へ向かい、1時間ほどで着いた。

帰りのキャセイは張國榮のビデオクリップが流れていた。共演した歌手の映像に陳百強や羅文も映っていてとても懐かしく、みんな死んじゃっていないんだよねとしんみりした気分で見た。

MTV2 MTV3

19日の小遣い帳
飲み物65元
排骨飯80元
CD824元
大有巴士100元