媽祖を訪ねて(1)弟橘媛神社

弟橘媛神社 茨城県北茨城市磯原町磯原196

2011年5月。JR常磐線磯原駅から北東へ約1.1km。国道6号線(陸前浜街道)に沿って北上すると、大北川のすぐ先に岬が見えてくる。その先端に小高く木が生い茂るのが標高21.2mの天妃山だ。

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野口雨情生家と反対側に横断歩道を渡ったところに、天妃山入口の案内があるが、倒れていた。

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天妃山登山口であり弟橘媛神社の鳥居。

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灯籠は崩れていた。

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登山開始するとすぐに、小さな境内社が2つ。左から産土神社、足尾神社。

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二十三夜塔

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いよいよ頂上は近い。

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ついに頂上に到達。じつに質素な拝殿だった。

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天妃姫、弟橘媛、雄都嘉(おつか)

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天妃山の由来

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こちらにも小さな境内社がたくさんあった。

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拝殿の後ろに、階段があるが、フェンスにふさがれて入れない。

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その上にはフェンスに囲まれた奥社。この奥社の裏に三角点があるという。

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拝殿の左奥に、雄都嘉神社

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拝殿の前から、崖状の階段を登ると北側の海が見渡せる。この天妃山にいる間、波の音が心地よく、風も吹き抜けて、本来は風光明媚な地だ。

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“媽祖を訪ねて(1)弟橘媛神社” への2件の返信

  1. 本殿は辛うじて津波に襲われなかったようでほっとしています。

    この神社、実は新撰組の芹沢鴨が宮司をしていたことがあり、吉田松陰が彼を訪ねてこの地を訪れていたのです。なんとも不思議なめぐり合わせですね。

  2. 事前に、天妃山のお隣の山海館が、地震のため当面の間、休館となっていると知っていたので、ある程度の被害は覚悟して行きました。
    実際、駅から天妃山までの道中、瓦葺きの家屋がぺしゃんこに崩れていたり、建物が残っていても、1階部分は津波でがらんどうになっているさまを目の当たりにしました。登り口の手前にある民宿も、建物は残っていましたが、津波の被害で営業できずの状態でした。
    そんな状況を目にしたので、本殿では、この地の復興と被害に遭われたかたの今後の救済を祈らずにはおれませんでした。

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